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外国語で人が変わる事実

  • 5月3日
  • 読了時間: 1分

新しい言葉(外国語)に触れること、そうして少しずつ言語を使いこなせるようになることは、かけがえのない経験と瞬間を私たちにもたらしてくれる可能性を秘めています。新しい言葉で生きる経験は、同時に母語の環境から、母語の視点や思考からの脱却でもあるからです。 例えば、非母語の文学に触れたり、越境作家のごとく非母語で物を語ったりするといった経験は、『新しい美的感覚』を発見し、『新しいわたし』を生きるポジティブな経験になるのではないかと思います。 




言語教育の目的が、『テスコスコアのアップ』や『キャリアアップ』となってしまい、言語との触れ合いに愉悦する暇もなく、将来に向かって走ることばかりが求められますが、本来的には、言語を学ぶとはもう少し自由な経験であってもいいのではないかと思います。 


そうした思考を可能にしていくのは、学習者自身なのかもしれませんが、指導する側にも相当な責任があることも事実です。


大学教員として、そして研究者の端くれとしての私の言葉や活動が、良くも悪くも、教育の本質に目を向ける機会となれば幸いです。


注:『外国語』と表現している箇所は、本来は『異言語』と表記すべきと考えています。日系アメリカ人にとっての日本語は、安易に外国語と表現できません。

 
 
 

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